高松宮記念連覇のキンシャサノキセキ

データで制する高松宮記念

キンシャサノキセキは、フジキセキを父に持つサラブレッドです。父のフジキセキは、言わずと知れた名馬であり優れた種牡馬でもあるサンデーサイレンス血を受け継いだサラブレッドです。デビュー後4戦4勝と将来を嘱望されましたが、クラシック出走間際に屈腱炎を発症し引退、種牡馬の道へ進みます。そのフジキセキが種牡馬としてオーストラリアに渡った時に生まれたのがキンシャサノキセキなのです。馬名はボクシングから取られています。キンシャサという都市で、ジョージ・フォアマンにモハメド・アリが挑んだタイトルマッチ「キンシャサの奇跡」にあやかってつけられています。 キンシャサノキセキはオーストラリアで生を受けましたが、日本に呼び戻され日本の競馬界で戦っていくことになります。豪州産馬は国産馬とくらべると、生まれが遅いため成長も遅れます。そのため、ほかのサラブレッドより不利な状態でレースに挑むことになります。しかしデビュー戦、そして次のジュニアカップと連勝し幸先の良いスタートを飾ります。けれどそこから、あと一歩が足りなくなります。アーリントンカップでは一番人気になるも6着に敗れ、NHKマイルカップでも3着に終わります。その後もここ一番で勝てず、G1未勝利の時代が長く続きました。 キンシャサノキセキがG1馬になるのは、7歳になってからのことでした。それまで取れていなかった重賞を、三連勝するという絶好調でのぞんだ高松宮記念。中団で様子を見ながらのレース展開で、最後は混戦を制し一番人気にこたえました。その後も快進撃は止まりません。GⅡ阪神カップを連覇し、好調を維持しながら高松宮記念に向かいます。キンシャサは好位でレースを進め、先頭を行くダッシャーゴーゴーを早めにとらえると、追いすがる後続を抑えきって一着でゴールし、高松宮記念連覇を決めました。 短距離を得意とするスプリンターは、そのピークが短く、歳をとってから活躍することはほとんどありません。しかし、キンシャサは、7歳、8歳でG1連覇という偉業をなしとげました。これは若い時に苦しめられた遅生まれのハンデが、歳を重ねたことによって逆に利点になったということでしょう。 馬名の元になったキンシャサの奇跡は、すでに全盛期を過ぎたアリが、前評判を崩して若いフォアマンに勝ったことを指しています。キンシャサノキセキもまた歳を取ってから活躍したサラブレッドであり、なにかの暗示を感じさせます。キンシャサノキセキは、高松宮記念を最後に引退し種牡馬への道に進みす。ラストレースをG1連覇で飾る見事な幕引きでした。